靄り
やはり気にしてたんだ、私。
夜中に目が覚めたとき、いつもよりハッキリ目が覚めた。
あのとき、直前の夢の中で、元夫のいまのツレアイさんの声だけが響いて、それで起きた。
あ、夢か…と闇の中で、驚いている。
夜の静寂の中で、突如として響くなんて、私の脳みそが整理できなさすぎて煙が出たということだ。こころが動揺してるってもんだ。
つまり、なんだかモヤモヤしているのだ。
このモヤモヤの正体はなに?
コロナ禍、外出自粛で、世の中は大流行のオンライン飲み会だのオンライン帰省だの…。
娘が「今晩、オトンとオンラインで話すねん」という。
ふーん、そうなんや〜、と思っただけで、むしろ、手っ取り早く面会が出来て、なるほど助かるなぁと思った。
夕食を終えたら、オトンから連絡があったよし、弟とイヌとで、イヌのいるリビングをオンライン会場にしたものだから、私は隣の和室に身を潜めた。
二階に上ろうかとも思ったけれど、なんとなく、上がりそびれて、物音も立てずひっそりと和室で携帯をいじっていた。
しばらくすると、やはり漏れ聞こえてくる会話に耳を傾けてしまう。
まぁよいか、これは盗み聞きではないし、聞かれてまずいような会話などないだろうし。
オトンとツレアイさんのはしゃいだ声が、白々しいわけでもなく、普通に楽しそうなので、ほのぼのと聞いていた。
ただ、ツレアイさんの喋り方が、私の想像していた女性像とは真逆だったことには驚いた。
なんというか強い感じの、私の苦手なタイプではあったから、オトンはこういうのも好きだったのかと守備範囲の広さに驚いたのだ。
約1時間ほど、オンライン会談は続いた。
部活のこと、就活のこと、あと、なんだったかな、他愛無いこと。
ただ嬉しそうなオトンとツレアイさんの声が妙に切なく思えて、身を潜めつつもなんかいいことをしてるような気にさえなった。
傷ついてないか、といえば、嘘である。
かなり傷ついている。
イヌまでつれて盛り上がる様子を、ひとりぼっちで耐えるのは、仲間外れにされた疎外感もあいまってポツンと、それが終わるのを身を潜めて待つという、みじめさを感じずにはいられない。
それもこれも、すべては因果応報というやつに違いない。
離婚した結果、子どもからうけなければならぬ報いなのだ、と耐えていたのだ。
たぶん、オトンはオトンでどこかでその報いをうけてきたのだろう。
今日ではない、過去のどこかで寂しい思いを噛みしめたとするなら、それが報いだ。
今日は私の番なのだ、私が報いをうける日だということだ。
オンライン会談が終わると、子どもたちは、わさわさと和室になだれ込んできた。
すると、息子が真っ先に言った。
「おかあさん、だいじょうぶ?」
「ひとりでセンチメンタルな気持ちになってない?」
なってへんよ〜(笑)と答えた。
「壁の向こうでおかあさんがひとりでセンチメンタルな気持ちになってたら、どうしようってそればっかり思ってた。」
と言った。
この息子は、そんなことを考えていたのか…
なんと、人の心の弱きに寄り添える男に育ったものかと感心した。
だいじょうぶ!だいじょうぶ!
さっきまで耐えていたみじめさが、拭い去られた。救われるようだった。
元気そうだったか?
楽しそうだったか?
と私は尋ねた。
元気そうやったし楽しかったよ。
なによりである。
それで、私の気も済む。身を潜めた甲斐もあるというものだ。
家族の形は、十人十色であるから、こうあるべきとは思わない。
ツレアイさんからすれば、好きになった男は離婚歴があり、離れて暮らす子どもがいる。
ツレアイさんにとっても、子どもたちを離れた「家族」として受け入れようとしている努力の表れでもあるし、母親にはなれないが叔母さんくらいにはなろうとしてくれているのかもしれない。
子どもたちを邪険に扱わないだけ、ありがたいことだと思っている。
しかし、だ。
なぜかひっかかってしかたないのだ。
そのオンライン会談の先の家の中に、私がいるということが、なぜ想像できないのだろうか?
コロナ禍の外出自粛の中の夜である。
同じ屋根の下に元嫁が確実に在宅している、その家にオンラインをつなげようとしているのだから、すこし考えればわかりそうなものを。
そのデリカシーのなさ、配慮がないこと、如何なものかと思うが、どうだろう。
それほどまでに、ツレアイさんのはしゃぎ様に違和感を感じたのだ。
ただ、その程度の人なんだな…と残念だった。
元夫に、ツレアイさんが出来たことを聞いたときには、幸せになってほしいな、と素直に思った。
離婚の原因は元夫にあるが、離婚に至るまでにはいろんな葛藤がごちゃ混ぜにもなり、多少は傷つけあったと思うので、おたがいさまなところはある。
なので、その贖罪も含めて、彼には幸せになってほしいと思っていた。
他でもない子どもたちを私に残して、ひとりで立ち去ってくれたのだから、なおさら、いい人が出来たらいいなと思っていた。
だから「なんだかなぁ…」という違和感だけが残ったのが残念だった。
いや、デリカシーのなさ、配慮のなさは、なにもツレアイさんに限ったことではない、元夫にも問いたい。
元夫にも、すこし考えればわかるでしょう?と、それはひょっとして嫌がらせですか?と、問いたい。
ちいさながっかりが、積み重なっていって、やがておおきな不信を生むのだな。
この夜の、ひっかかってしかたないモヤモヤはちいさな「がっかり」なのだ。
そうだ「がっかり」という言葉がいちばんふさわしい。
幸せになってほしい、ツレアイさんがいい人だったらいいな、という気持ちに対しての「がっかり」だ。
最後は「オンライン飲み会ってええなぁ、またちょくちょくしようや」というツレアイさんの言葉に「しよう!しよう!」と娘が答えていた。
「また、すんのかーい!」と、こころの中でひとりツッコミをしてコケた。
「すんのかい、せんのかい、すんのかーい」スチ子の乳首ドリルのギャグを思い出して、苦笑いした。